【感想と要約】落合陽一34歳、「老い」と向き合う

作業療法

 研究者、メディアアーティスト、起業家である落合陽一さんの著書・落合陽一34歳、「老い」と向き合う。デジタルネイチャーの環境下において、落合さん自身が「老い」についてどのように考えるのか、テクノロジー×高齢者×介護がもたらすクリエイティブな社会について、また、「バカの壁」で有名な養老孟司さんとの対談も収録されており見どころ満載の内容となっています。デジタルネイチャーとはコンピューターとそうでないものが親和することで再構築される新たな「自然環境」のことです。コロナ禍における「オンライン飲み会」もデジタルネイチャーの世界に近づいている一つの事例です。同年代の方がここまで社会を洞察しておられるのが驚きましたが、これからの日本の課題と可能性についても触れられており大変参考になりました。また、介護の分野の可能性については作業療法士として働く私にとってもわが身のように感じました。今回は本書の内容の要点についてまとめています。

養老孟司さんとの対談

要点①:三人称の死

要点②:豊かさ

要点①:落合さんと養老さんの対談の中で「三人称の死」という言葉が登場します。自分自身の死を指す「一人称の死」、自分と親しい人の死を指す「二人称の死」、赤の他人の死を指す「三人称の死」。死と向き合うというのは「二人称の死」と向き合うという事です。「一人称の死」というのは自分自身の意識がなくなる訳であるので向き合うことはできない。「三人称の死」は世界中で今現在も亡くなっている訳であり向き合うことができない。本書では介護という分野を例に挙げていますが、介護というのは「二人称」的。排泄という場面を想像すると、自分でお尻を拭くという行為は「一人称」、ウォシュレットなどテクノロジーの利用は「三人称」。介護の仕事というのは「二人称の死」に向き合い続ける職業。

要点②:「豊かさ」とは物質的な豊かさだけでなく、教養や学問、文化や芸術、人間関係の豊かさを含みます。また、この中では「対物」と「対人」を分け、人生100年時代となり多くの時間ができた。しかし、全ての時間を「対人」に費やすと疲れてしまう。何か趣味(ここではカメラを例に挙げられている)のような「対物」に興味を持つことが大切と指摘しています。

「触ること」を拒否する現代文明。デジタル化が進む中で触覚や嗅覚といった感覚が切り離されている。死いうことも現代においてはゲームなどで身近にあるがあくまでもそれは「三人称の死」。死というのはあくまでも「二人称」。

ロボットやAIというテクノロジーは三人称。テクノロジーを取り入れることで便利さを手に入れる一方で、様々なものに触れる豊かさという点で二人称で考えるべきであり、そこにこれからの高齢社会で進むべき日本の道があると思いました。

発展するテクノロジーと変わる「老い」

要点①:介護とは身体の補完である。

要点②:テクノロジーで「3K」を克服する。

要点③:「老い」の変化。

要点①:体の一部が不自由になり介護を受ける。例えば脳卒中により手が動かなくなればその人の手を補完するために食事を介護する。一方で眼鏡や補聴器、義足等のテクノロジーも体の一部が不自由になった際に補完するためのものです。落合さんが介護現場を見た際に、全て人の手で介護が行われている現状に違和感を覚えられたそうです。次の章で紹介しますが現在、身体を補完する更なるテクノロジーの開発が進められています。

要点②:高齢者は増える一方で介護業界は慢性的な人手不足です。これは「3K(きつい・きたない・危険)」や給与水準が低いことが原因です。テクノロジーの導入により仕事量が減り、一人が10人しか介護できなかった状態から20人介護できるようになる。そうすることで問題は解決する可能性があります。様々なテクノロジーが導入される中で、それをマネジメントする。それが今後の介護の在り方となってきます。

要点③:人生100年時代と言われ日本では元気な60・70歳代の方が元気に活躍しています。発展途上国に目を向けるとその年代は平均寿命並みで「老い」を感じる年齢です。これから「老い」を感じる年齢はますます高くなり、様々なテクノロジーで身体を補完することでハンディキャップは埋まり「老い」という概念が変化していくと述べられています。

 私も作業療法士という心身に障害を持った対象者にリハビリテーションを提供する仕事をしており、この介護分野の話しは当事者のように考えるものがありました。近年では様々なロボットが開発され、私たちの業務の一部を担ってくれる時代となってきました。様々なテクノロジーと対象者のニーズを結びつけるため、私たちも今後はマネジメント力が必要となってきます。

ここまで進展した「介護テクノロジー」のいま

要点:最新の介護テクノロジー

近年、体の一部を補完する様々な介護テクノロジーが開発されています。


・自動運転車いす
・視力障害を補完する網膜投影ディスプレイ
・失語症を手助けするメガネ型デバイス
・足首の動きを再現したり、痛みを感じることのできる義足・義肢
・ロボットスーツ
・コミュニケーションロボット
・外出支援分身ロボット
・異常を感知・予測できるテクノロジー

 介護に力が必要な際に介護者の力を補完してくれるパワースーツ、電気刺激により動かない手足を動かせるようになるHAL、対象者とコミュニケーションを図ってくれるロボット、3Dメガネなどを用いてあたかも自分が観光地に行っているような体験ができる技術、スマートウォッチのように身体機能をモニタリングして異常を他者へ教えてくれたり、事前に教えてくれる技術。現在でも様々な技術が登場し開発が進められています。一日でも早くこれらのテクノロジーが実用化されることを期待し、また、自分自身でも何かできないか考えていきたいと思います。

少子高齢化社会の日本が起こす「第4次産業革命」

要点:高齢社会の日本だから起こせる「第4次産業革命」

蒸気機関により工業が発展した第一次産業革命、電気やガソリンの発明により軽工業から重工業へ転換した第二次産業革命、コンピューターが登場した第三次産業革命。日本は世界一の少子高齢社会です。しかし、他の国々も時間差で同様の社会が訪れます。アメリカ産のミッキーマウスやコカ・コーラのように「省人化」「生涯現役」「身体拡張(補完)」といった「日本規格」のテクノロジーを確立することで、「第4次産業革命」を日本が主導できるのではと述べられています。

人にとって優しいテクノロジーとは?

要点:使われないテクノロジーにならないために。

 ここでは、身体機能や情緒的ケアを補完するテクノロジーを開発するうえで踏まえるべきポイントが紹介されています。「入浴介助のためのテクノロジーを導入したけどセッティングに時間がかかるので実際には使えない」。あらたなテクノロジーやシステムを導入するうえでよくある事だと思います。そのためには、①シンプルに問題を解決するテクノロジー、②慣れ親しんだもの、③ハッカブル(改変改造可能)な事の3点があげられます。例えば炊飯器のように、①シンプルに米を炊くという行為を簡略化できるもの、②日本人の主食は米であるということ、③ケーキやカレーも作ることができる、といったことがあげられます。介護ロボットにしても対象者のペースに合わせることができなければ対象者から受け入れられることはありません。また、特別養護老人ホームなどの介護保険領域においては様々な制約を受ける中で、自由度の高いサービス付き高齢者住宅というものが誕生しました。様々な制約がある中でのテクノロジーの導入は遅れる傾向があり、役人に対するロビー活動も重要な要素の一つです。
 オリンピック招致などでも話題となったロビー活動。日本人は苦手な部分ではあると思いますが、今後の日本においては重要な課題と思います。

誰もがクリエイションできる未来へ

要点:トップダウンではなく地産地消

 テクノロジーの開発はトップダウンで行われるのもではなく、現場からの声、いわば地産地消で行われる必要があります。現場の問題に対してテクノロジーを導入し問題解決を図るシステムを開発し、サブスクで対価を得て収入を上げる。介護の仕事はテクノロジーを操作し対象者の生活をトータルコーディネートする。そうすることで介護に対するイメージアップにつながります。落合さんは「テクノ民藝」という言葉を紹介しています。「テクノ民藝」とは大量生産の製品が出回る時代に、失われていく日本各地の「手仕事」の文化を案じ、近代化=西洋化という流れに警鐘を鳴らした運動を「民藝運動」といこれをもじった言葉です。本書の最後では「介護の分野においても、ものづくりの精神を誰もが持ちクリエイションを重ねていくことこそが「老い」に対するこれからの向き合い方である」と締められています。
 テクノロジーの導入する中でもこの「民藝」の精神を大切にする。それははじめに記載した「二人称」の考えに通ずるのでないかと思います。

まとめ

 本書のタイトルを見た際は、どこか哲学的な内容を想像しました。しかし、「老い」や「介護」について具体的でそして未来志向型の内容であり想像と違う内容でありましたが、作業療法士として働く私にとって介護という視点で「第4次産業革命」の可能性に触れられた部分では今後の大きなモチベーションとなります。少子高齢化社会で衰退してきた日本において、希望が見えた一冊です。

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