世の中では様々な哲学が紹介される中、本書では仕事に使える50の哲学を紹介されています。今回はその中でも私が参考になった12個を紹介したいと思います。
著者の山口周さんは慶應義塾大学を卒業後、修士課程に進まれ電通、ブース・アレン・ハミルトン等に勤務されています。現在では、パブリックスピーカー・経営コンサルタントとして研究、教職、著作などに携わられています。
本書は2018年に発行され、哲学をどのように仕事に活かすのか、どんな哲学が仕事に活かせるのか、そもそもなぜ哲学が必要なのかといった視点で書かれており、大変魅力的な本となっています。
まず、なぜビジネスパーソンに哲学が必要かというと、
①状況を正確に洞察する。
②批判的思考のツボを学ぶため。
③アジェンダを定めるため。
④二度と悲劇を起こさないため。
の4つの理由を挙げられています。
①状況を正確に洞察する。
哲学を学ぶことの最大の効用は「今、目の前で何が起きているのか」を深く洞察するためのヒントを多く手に入れることと言われています。数多くの哲学者が残したキーコンセプトを学ぶことで、大きな洞察を得ることができるという事です。例えば哲学の中に弁証法というコンセプトがあります。弁証法とは主張Aとそれに反対する主張Bがあり、その両者を否定せず統合する新しい主張Cに進化するプロセスを言います。現在、世界では教育システム再編がなされており、戦後から現代までの同年代と学びあう横一線の教育から、戦前の寺子屋で見られたような、年代は異なるが目的を持った人たちが学びあう場という昔の教育システムの方向性に近いことがなされています。これは、弁証法でいうと過去の教育法に発展的要素を取り入れながら古い教育システムの復活、となります。このように状況を正確に洞察するために哲学のキーコンセプトを学ぶ必要があるという訳です。
②批判的思考のツボを学ぶため。
哲学を学ぶメリットの二つ目が批判的思考のツボを学ぶという点です。変化する現実に対して、現代の考え方や取り組みを批判的に見直して、自分たちの構えを変化させていく。変化には必ず批判が伴います。哲学の歴史は世の中の批判的考察の歴史だという事ができると山口さんは言われています。
③アジェンダを定めるため。
アジェンダとは課題の事です。アジェンダを定めるという事はイノベーションの起点となるからと山口さんは言われています。そのために課題設定能力を高めることが必要であり、常識を相対化することが不可欠です。哲学=教養、疑うべき常識は何かを知るために教養が必要であり、そのために哲学が必要であると述べられています。
④二度と悲劇を起こさないため。
世界的な悲劇の主人公はヒトラーではなく、ヒトラーに付き添った普通の人々です。私たちがこれまでの悲劇を繰り返すのか否か。哲学者はこれまでの悲劇を目にするたび、二度とその悲劇が起こらないよう考え・議論してきました。悲劇を繰り返さないためにこれまで人々が多くの犠牲を出し、多くの代償を支払ってきた教訓を生かせるかが重要であると山口さんは指摘しています。
ルサンチマン
ニーチェが提示したルサンチマンという概念は、一言でいうと「やっかみ」です。イソップ童話の酸っぱいブドウのように、欲しいものが手に入らないときにその欲しいものは「本当はダメな物なんだ」と考えてしまいます。これがルサンチマンに囚われた人が示す典型的な反応です。現在、テレビやスマホでは高級なもの、最新のものと謳って様々な広告を目にします。それを持っていない人たちはルサンチマンを解消するた不必要な高級な時計・服、最新の家電などを購入します。重要なのは他者によって喚起されたルサンチマンによってその欲求が起こっているのか、素の自分による欲求なのか見極めることと言われています。人や物にルサンチマンを抱くと正しい判断ができなくなる。ブランド品で身を固める生活はもう辞めよう。私はユニクロが大好きだ。(差異的消費)
報酬
人は不確実なものにほどハマりやすい。有名なスキナーの言葉です。これまでドーパミンは快楽物質と考えられてきました。しかし、ドーパミンは欲求系で特定の行動に駆り立てられるのに対して、快楽系はオピオイドが満足を感じて追及行動を停止させるアクセルとブレーキの関係であることが分かってきました。ソーシャルメディアが与えているのツイッターやインスタグラムなど予測できない通知、所謂ドーパミンを刺激しているという事です。スマホゲームのガチャをしたいから課金する。人がハマる原因は「予測不能」だからです。
認知的不協和
人は自分の行動を合理化するために意識を変化させる生き物である。レオン・フェスティンガーの言葉です。とある戦争で捕虜を洗脳する際の手法はこの認知的不協和で説明できます。共産主義国の捕虜となった資本主義国の兵士に、共産主義国の兵士はタバコやお菓子などわずかな報酬を与え、共産主義を擁護する内容の手紙を書かせました。手紙を書かされた兵士は、共産主義は敵ですからわずかな報酬では手紙を書いた事実を消化できません。この不協和を解消するには、手紙を書いたという事実を変えることはできませんから、資本主義という心情を変更する、といった脳内プロセスに移行します。この認知的不協和を利用した洗脳というのは昔から行われていたようです。私たちは「合理化する生き物」です。好きではない人に色々と世話になった。という心理的な不協和は、世話になる事実というものは変更できません。そのため「好きでない」→「好き」と合理化していきます。日常でうまくいっていない人間関係をどのように再構築するのか。そのような場合に応用できる内容ではないかと思います。
権威への服従
人が集団で何かをやるときは、個人の良心は働きにくくなる。スタンレー・ミリグラムの言葉です。ホロコーストがその典型です。ナチスの指示のもと様々な悲劇が起こりました。銃や毒ガスによる虐殺。これはナチスの指導者によるものではなく、一般市民によって行われています。当時のナチスも現代社会と同様に分業制をとっており、様々なシステムをオートメーション化していました。このような状態では現場で虐殺を実行した一般市民にとって、このような行為に対しての倫理観・良心というのは働きにくくなっていました。しかし、ミリグラムはこのような心理状況でも少しの後押しで「権威への服従」を止め、良心を取り戻すことができることを示唆しています。分業制が進んだ現代社会においても様々な隠ぺいや偽装が行われています。そんな中で、良心を取り戻す後押しができる勇気を私は持ちたいと思いました。
予告された報酬
「予告された報酬」は、創造的な問題解決能力を著しく毀損する。エドワード・デシの言葉です。今日、イノベーションを起こすためには創造的な問題解決能力が必要であると言われています。しかし、そこに予告された報酬が発生するとイノベーションは起こりません。先行研究でも予告された報酬があると問題解決能力が低下することが言われています。赤ちゃんは何事にも挑戦しはじめは失敗しますがそれを親が愛情で受け止めることで再度、難題に挑戦します。現代社会に置き換えると、創造性を発揮するためにはアメとムチは必要ではなく、挑戦して失敗しても許される風土が必要であるという事です。
マキャベリズム
非道徳的な行為も許される。ただし、より良い統治のためなら。ニッコロ・マキャベリの言葉です。マキャベリは「君主論」の中で、優れたリーダーは愛されるリーダーではなく恐れられるリーダーになるべきだ、と主張します。ただ、「不道徳たれ」と言っているのではなく、道徳と合理がぶつかり合う時は合理を優先せよ、と言っているだけなんですね。例えば劉備と曹操。結果を残したのは曹操であるように、時に情を捨て合理的にならなくてはいけない。私の課題です。
マタイ効果
「おおよそ、持っている人は与えられていて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまで取り上げられるであろう。」ロバート・キング・マートンの言葉です。
どうすれば、頭がよく運動のできる子を育てられるのか。プロ野球選手やプロサッカー選手は4-6月生まれが最も多く、1-3月生まれは少ないようです。学力の結果も同様の傾向があることが明らかになっています。これがマタイ効果によって説明されています。4-6月生まれの子供は幼少期より心身の発達が速く様々な場面で良い成績を収めそれが自己肯定感を高め社会人となっても活きていく、このような条件を「利益-優位性の累積」のメカニズムの存在を指摘し、このメカニズムを「マタイ効果」と命名しました。子育てに対する一つの示唆を与えてくれるものではありますが、4-6月生まれのできる子が優遇され、1-3月生まれのできない子は冷遇される。そんな社会システムとならないように注意しなくてはならない。そんな警鐘を含んだコンセプトです。
第2の性
性差別は根深く、血の中、骨の中に溶け込んでいる。シモーヌ・ド・ボヴォワールの言葉です。ジェンダーバイアスについて私たちはどれくらい自覚できているでしょうか。そもそも、「国会議員の男女比が…」というニュースや「産休明けの女性の待遇について」など、日常議論されている中でジェンダーバイアスは染みついていると痛感しました。そのような議論を無自覚のまましてしまう。それが問題であると山口氏は指摘しています。
差異的消費
自己実現は「他者との差異」という形で規定される。ジャン・ボードリヤールの言葉です。お金持ちは高級車に乗る、高級腕時計を買うことで自己実現だけでなく、お金持ちがプリウスに乗る、やユニクロの服を着る、といったことも差異的消費となります。私たちの提供するサービスの差異は何か。考えさせられる内容です。
公正世界仮説
メルビン・ラーナーが提唱した公正世界仮説、「見えない努力もいずれは報われる」の大嘘。
練習量によってパフォーマンスの差を説明できる度合いは、
テレビゲーム:26%
楽器:21%
スポーツ:18%
教育:4%
知的専門性:1%
と言われており、努力は報われるというのは誤りで、努力では太刀打ちできない領域があるなど世界は公正ではありません。
しかし、間違ってはいけないのが以下の命題です。
命題1:天才モーツァルトは努力していた。
という命題にたいして逆の命題、
命題2:努力すればモーツァルトのような天才になれる。
としてしまうのは誤りです。正解は、
命題3:努力なしにモーツァルトのような天才にはなれない。
という事です。イチローは野球を選択し、努力したから一流になれた。サッカーをしていては一流になれなかったかもしれない。自分の活躍できるフィールドはどこか。それを探す努力が必要であると考えさせられました。
無知の知
かの有名なソクラテスの言葉です。①知らないことを知らない、というのはスタート以前の問題。②知らないことを知っている、という事で知的好奇心が生まれる。③知っていることを知っている、という事は意識的に行う事。最後の④知っていることを知らない、というレベルでは知っていることを意識しないレベルになっているという事です。スペシャリストに何かを学ぶ際には、この④知っていることを知らない、というスペシャリストが意識していない部分をどのように学んでいくのかが重要です。また時折、「要するに●●でしょ?」と人の話を要約しようとすることがありますが、これは世界観を拡大するのを制限してしまうことがあるので注意が必要であると言われています。学びは「知っているから」と思った瞬間に停滞する。何事にも謙虚に、そして貪欲に望む姿勢が重要であると感じました。
ブリコラージュ
クロード・レビィ=ストロースの言葉です。エジソンの発明した蓄音器が現代の音楽産業を支えていたり、アポロ計画が現代の医療、特に集中治療領域において応用されています。なんの役に立つのか分からないけど、なんかある気がする。何か提案するする際にはある程度の見通しが必要であるが、時には直感も必要です。
まとめ
以上が本書の中で私が特に参考になった12個の哲学でした。あまりに参考になりすぎて、これでも絞り込むのが大変でした。ぜひ皆さんの参考にもなれば幸いです。哲学については別のブログ記事にも掲載していますのでそちらもぜひ読んでみてください。
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